社会のレールから外れてしまった人のブログ

全宇宙の中の1人による、小さな表現の場所

平和について、素人が語る。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

 

2017年

 

もう残り約4ヶ月ですね。

 

 

日本がポツダム宣言を受諾して終戦ソ連の侵攻などありましたが)し、72年が経ちました。

しかし人類は悲惨な戦争を経験したにも関わらず、未だ世界各地で「争い」が続いています。形を変えながら。過去を振り返ってはいけないですが、歴史から学ぶことはとても重要であると思います。が、人類は過ちを繰り返す種族のようです。

亡くなった祖父も戦争の経験者で、中国へ陸軍の歩兵として従軍していた話を良く聞いていました。銃撃戦になった際は、銃弾が飛び交う「ヒュン」という音がどこからともなく聞こえたそうです。当時の銃は、先端に剣が付いていた銃剣であったそうです。そう、弾切れを起こしても攻撃できるように。それで人を刺したこともあると、まるで豆腐のようだと言っていました。殺らねば殺られる。生命の意味など議論している余地は無いのです。また、祖父には足に銃弾が残っていました。そして治療のために日本に帰国し、終戦を迎えたそうです。祖父が過酷な戦争を生き残ったから、今の私がいるのです。改めて考えさせられる時期であります。

 

 

2017年となった現在も、各地で争いが続いています。我が国の近くでも米朝関係の緊張状態が続いています。過去のように大国間が大戦争をすることは無くなりました。戦争によって得られる利益と損失が割に合わなくなったということでしょう。これからは無人機による戦争やサイバー戦争や局地的な紛争などが続いていくのでしょうか。戦争よりも厄介なのが「テロ」です。いつどこで発生するか分からない。絶対的な統率者がいるわけではないので、完全に防げないのです。テロリストの思想に共感して1人で突発的に起こすこともあるわけで。その目的は人々に「恐怖」を植え付けることです。なので報道して世界中に伝えることはテロリストの思うツボなのです。かと言ってそれを止めることもできないですが。

 

 

現在の世の中を支えている技術は悲しいかな軍事からの民生転用が多くあります。もはや当たり前のように使っているインターネットもそうですし、ロケット技術や原子力、そして電子レンジや食品用サランラップもそうなのです。ググってみて下さい。もっと他にも多くの技術が軍事に関連しているものがあります。正直驚きですし、戦争ありきなのかと複雑な気持ちにもなります。

 

 

人類の歴史は、争いの歴史と言っても過言では無いかもしれません。現在が人類史上、1番平和な時代であるとも言われています。争いが無かった時代の方が少ないのかもしれません。狩猟採集民族であった我々の祖先は、獲物を捉えるために移動生活をしていました。例え争いごとがあったとしても、移動してその場所で生活を始める。移動生活なので、最低限の物資しか持っておらず、それの取り合いで争うより、狩猟に時間を費やす方がコスパが良かったのだろうと思っています。やがて人類は「農業」を憶えます。争いの火種です。狩猟と違い、作ったものを蓄えることができるようになります。しかし、作るためにはたくさんの時間と労力が必要となり、気候や土地によっても差があります。そこでよからぬ考えが出てきます。「作るより奪うほうがコスパが良いのではないか」と。農耕によって争いが始まったと言っても良いのかな、これは。

 

 

もし私達の遺伝子に「争いの本能」が埋め込まれているのだとしたら、それは制御できないのかもしれません。しかし我々人類は過去の歴史から学び、現在に活かすことができます。生命を奪い合う争いは辞め、新しいスポーツで争うことだってできるはずです。悲惨な過去を経験した日本だからこそ、何か発信できるのではないでしょうか。

 

皆さんも「戦争」が語られるこの特別な時期に、「争い」について考えてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

では、また会いましょう。

苦しみを無くす。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

 

 

いよいよ夏本番ですね。

 

何度も言いますが。

 

暑い。暑すぎる。

 

みなさん、我慢なんてせずに冷房は使いましょうね!

我慢したって何も良いことはないんだから!

 

 

 

 

なぜ悲しみの連鎖は断つことができないのか。

以前も自殺について書きました。

yamato0915.hatenablog.com

 

そして最近も、自殺のニュースが続いています。

報道されているのは氷山の一角だろうし、潜在的にはもっと多い。

厚生労働省のデータによると、年間約3万人がこれが原因で亡くなっている。

そして、未遂も含めれば数はかなり増える。

ここ数年で3万人は下回ったようだが、それでも依然として多い。

 

様々な要因が重なって起こる自殺。

経済事情・人間関係・健康問題(うつ病含む)等、すべての人に悩みはあるはず。

なぜ最悪の行動を取ってしまうのか。

 

精神医学について調べていると自殺が起こってしまう条件があると分かりました。

「所属感の減弱」「負担感の知覚」「自殺潜在能力」

この3つが重なった場合に、最悪の結果が起こってしまうみたいです。

  1. 「所属感の減弱」.....人とのつながりを感じられない。
  2. 「負担感の知覚」.....自分がいない方が周囲が幸せなのではないか。
  3. 「自殺潜在能力」.....自分の身体を傷つけることや自殺未遂・暴力等の恐怖体験を繰り返すことによって身に付く、自ら生命を絶つ行動を決行する能力。

 

もしかした死にたいと思った人は、たくさんいるかもしれません。

しかし、それを実行に移した人は少ないのです。

生命の火が消えることは「恐怖」として、本能に組み込まれているのでしょう。

先に挙げた条件が整ってしまえば悲しみの出来事は起こってしまうのです。

 

1番目や2番目の条件が極限まで達してしまうと精神を病んでしまうと考えています。

私は精神医学の専門家ではないので、正しくはないかもしれません。

 

 

が、専門家ではないからこそ、何か違った視点からできることはないか。精神を病んでしまう前に食い止めることはできないのか。

 

TwitterやLINEなどのSNSが発達した昨今、誰とでも繋がれるようになりました。ですが現時点では、現実の人間関係より優れているかと言えば一概にそうとは言えないかもしれません。繋がりすぎた反面それを気にしすぎるがあまり、自分を偽ったり無理をしたりして、また別の悩みが出てきました。

人と対面して喋ることが苦手な人もいます。反対に得意な人もいます。悪い面ばかりではなく、インターネットから始まった技術の発達は、そういった障壁を取り払えたのでしょう。

 

本当の「繋がり」とは何なのでしょうか。複雑になりすぎて、私にも分かりません。

1つだけ言えることがあります。

「自分の話を人に聞いてもらう」

心が安らいで、気持ちが楽になったことが一度はあるのではないかなと思います。

誰もが自分の話をしたいのです。

私も例外ではなく。

なのでブログを書いているわけでありますが。

 

人の話を聞く。

反論もせずにアドバイスもせずに、ただただ聞く。

よし、この活動少しづつ始めていこう。

これで少しでも、自ら生命を絶つ人が減っていけば本望。

 

 

lineblog.me

この考え方で文章書いたつもりなのですが、本当にこのような考えで書けているかは分かりません。笑

 

とにかく最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

では、また会いましょう。

情報との付き合い。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

「情報との関係」

どう考え、付き合っていますか?

 

インターネットが発達する以前は、新聞やテレビやラジオや口コミ等が情報を伝達する主な手段で、入手する側も限られた選択肢しかありませんでした。

その時には、限られた情報しか入手できずに且つ、その情報の流れが一方的であったために、それに対して意見することも難しい状態でした。

しかしここ数年で大きな媒体だけではなく、スマートフォンSNSの普及によって、個人でも情報を発信・伝達ができるようになりました。 つまりインターネットの力によって、情報の双方向性が実現できるようになったわけであります。

 

 

一方で、問題もまだまだ残っていますし、新たな問題もあります。

まず考えられる問題としては「情報の正確性」です。

誰もが発信できるようになった反面、嘘の情報も流されるようになったわけです。アメリカの大統領選やMERY等で問題となった「フェイクニュース」があります。捏造・虚偽問題は昔からあったわけなのですが、圧倒的に情報伝達のスピードが高まった現代において、それが如何にも真実かのように広まってしまうのです。もちろん「フェイク」を流す側も悪いのですが、情報を受け取る側もすぐに鵜呑みにせず、様々な媒体でその情報を確認して自分で一度考えることが必要なのです。もちろんそれでも見抜けない場合もあります。拡散スピードが異常に速いのです。「いいね」や「リツイート」等が1つのタップでできてしまうわけですから、想像以上に速いのです。また、AI(人工知能)の発達によって、如何にも本人が喋っているような音声付の口パク動画を作りだすのも可能となってきているのです。影響力の高い既存のメディアもネットでの情報を参考にしている場合もあるので、負の連鎖がどんどん広がってしまうのです。

現段階での対策としてまず考えられるのは先程も述べたように、まず「情報を鵜呑みにしない」こと。これは他の状況においても重要であります。一人一人が、まず一呼吸置いて考えて必要があれば検証する。個人ができる対策としては、一番有効ではないかと思います。

 

 

次に考えられる問題としては「情報の偏り」です。

今まで一方通行の多かった情報が、インターネットの登場により受け取る側に様々な選択肢が生まれました。だがしかし、その選択肢が多すぎるがあまり、自分が目当てとしているモノ以外の情報が入って来にくいのです。人間は選択肢が多すぎると、思考が麻痺してしまうとの研究もあります。つまりその人自身の「好奇心」に左右されるわけです。Google等の検索エンジンで検索すればするほど、自分の興味ある情報しか手に入らずにどんどん偏ってしまいます。TwitterInstagram等のSNSでも、利用者が興味あるであろう情報を表示させるような仕組みとなっています。広告料が主な収益となっているので、仕方ないと言えばそうなのかもしれません。偏りの問題は昔からありますが、便利になったが故に、違う原因が出てきたように思います。

このような偏りをなくすのは、やはり「好奇心」ですね。やはりこれに勝るものは無いんじゃないでしょうか。好奇心があったからこそ、我々人間は未知のものを探求して現在のように豊かな世の中になったのです。新しいものに興味を失った人は、例え20代であろうとも老いが始まると思っております。歳を重ねてもこの気持ちを忘れるな。年齢を言い訳にするな。自分にも言い聞かせているつもりであります。

 

 

ここ数年で技術発達により、以前とは比べ物にならない程の大量の情報を誰でも簡単に得られるようになりました。

そしてそれによって、得られるチャンスも大いに増えました。

解決できた問題もある一方で、新たに出てきた問題もあります。

今この瞬間も、どんどん技術がどんどん進歩しています。今までの問題を解決したり新たな問題も出て来るでしょう。これは繰り返されるのです。

「何事にも疑問を持って調べ、好奇心を失わずにいる。」

子供達を見て下さい。この考えに基づいて行動しているはずです。

いつのまにか、この考えを忘れてしまっている人は大勢いるのではないでしょうか。

100年200年経っても、この考えの大切さは変わらないと思っています。

 

 

 

では、また会いましょう。

天下分け目の。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

かかれー!!!

 

おぉー!!!

 

天下分け目の戦い、始まりますね。

 

あの有名な、司馬遼太郎の小説を基にした映画。

 

関ヶ原

映画「関ヶ原」公式サイト

 

遂に近づいて参りました!

待ち望んでおりました!

あの大合戦が映像化されることを!

今月末に公開されます!

 

原作の小説もめちゃくちゃ好きなんですよね。

また読んでおります。笑

 

何が良いのか?

 

石田三成徳川家康を中心とした各人物が、秀吉の死去前から関ヶ原に至るまで、どのような考えでどのように動いたか丁寧に書かれているので、時代背景があまり理解できなくても読みやすいのです。理解していれば、さらに面白いです。

もちろん皆さん結果はどうなるかは分かっていると思いますが。

 

戦国時代は、時代背景や過程や人物関係が理解できてこそ楽しいのです。

どうりで学校で教えられる歴史は面白くないわけだ。

 

気になった方は、是非とも読んでみて下さい。

そして歴史オタクの世界へ!笑

 

 

この物語の登場人物で特に好きなのが(本当は絞りきれませんが)

島左近(通称。本名は諸説あり。)です。

 

 

現在の奈良県である大和国の生まれであります。

若い頃は畠山氏や筒井氏に仕えていたと言われていますが、どうやら確証がないようです。その後も蒲生家や豊臣家に仕えたと言われていますが、こちらも定かではありません。

 

やはり一番有名なのは、石田三成の下での活躍ですよね。

破格の高禄で迎えられた逸話もありますが、これも諸説ありなんです。

この武将、なかなか謎が多いんです。

そこを想像するのも楽しいのが、歴史の醍醐味でもあるのですが。笑

 

前哨戦である「杭瀬川の戦い」において、宇喜多秀家所属の明石全登隊と共に東軍を打ち破り、西軍の士気を高めました。

本戦の「関ヶ原の戦い」においても、鬼神の如き活躍をし、壮絶な最期を遂げました。

だが遺骸が見つかっておらず、京都で隠棲の説もあります。

 

一番有名な関ヶ原での奮闘に関して、左近の逸話があります。

 

最後の出陣の際、狂気じみた戦いぶりと「かかれーっ!!」の声が忘れられずに、敵対した兵士達は戦後もその声の悪夢にうなされた。

戦後の東軍の兵達が左近について語り合っていたところ、姿形の記憶があまりの恐怖のために一致しなかったと言われている。

想像するだけで背筋が凍る。。。

 

石田三成に過ぎたるものは、2つあり。

「嶋の左近と佐和山の城」

この評判通りの活躍をして、後世に名を残しています。

 

 

映画では平岳大さんが演じられていて、どのような島左近を演じてくれるのか非常に楽しみにしております。

久々に邦画で見たいやつがやってきましたよと。

 

皆さんもこの映画を観て、歴史オタクの世界へと!笑

 

 

 

では、また会いましょう。

あえて、踏みこむ。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

つい先日、祖母の法事がありました。

出席はしませんでしたが。

 

祖母は、初孫の私に一番良くしてくれて記憶にもすごく残っています。

亡くなったときは、数日間泣き続けていました。

そして最近になって理解した、祖母の行動・価値観があります。

 

「見返りを求めず、人のためにする」

 

自分のことを置いてまで何故だ?

そう思っていた私は、まだまだ青かったのです。

やっと理解できたのかなと。

 

「お金=信用」

 

これにすべて結びついていたのだと思います。

今となっては、これについてどう考えていたのかは聞けませんが。

確実に言えることは、祖母の行動によってこの式が成り立っていたということです。

 

この祖母の教えに基づいて少しづつ行動していきます。

「貯するのではなく、貯する」

 

 

ところで、ここで疑問に思うことがあります。

 

法要の儀式は本当に必要なのか。

 

何を常識の無いことを。何を不謹慎な。等々、批判をたくさん頂くと思いますが。

誰も触れようとしない常識だからこそ、あえて踏み込んでいきたいと思います。

 

故人の為にとの名目で存在する、様々な儀式。

法律も関わってきますので、火葬や埋葬など方法が決まっているものもあります。それに関しては、もちろん守らなければいけません。

 

まず考えなければいけないのは、「誰」のために儀式を行うのか。

故人の為、というのが一番であるかと思います。

次に、故人の周囲の人達の為。

多くの方がこの2つの答えをされるかなと。

 

よく考えてみて下さい。

私の考えでは「故人のことを忘れずに思い出すためのきっかけ」があれば良いと思っています。

写真やビデオメッセージ等は、分かりやすくて良いと思います。

これからはAI(人工知能)等、様々な技術の発達によって、その人の性格が再現できるようになって会話ができるようになるかもしれません。もしかしたら、それ以上にすべてが再現できるかもしれません。

 

現状ではどうも、言い方は悪いですが、弱みにつけこまれて高い金を取られている気がしてならないのです。「お布施」という名で。分単位で凄いお金ですよ。

人々の不安を少しでも和らげるためにあったはずの「宗教」は、長年の時を経て本来の意図から外れてきているように思うのです。

葬儀会社は、値段を抑えたプランを用意しているようですので変わってきているのかなと思います。

 

これから変わりゆく時代だからこそ、慣習の色が強く、人々が避けがちになる「死」の分野に疑問を抱かなければならないと思っています。

その上で議論し、より良い形に変化しなければならないのです。

 

 

ここまで述べてきた意見は、かなりの極論かもしれません。

我が国では、憲法に「信教の自由」が記されていますので、宗教とどのように向き合っても良いのです。

ヘンテコな意見もあっていいと思いましたので、今回書き記しました。

よければあなたの意見もお聞かせ下さい。

 

 

 

では、また会いましょう。

長寿とは。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

www.nikkei.com

またまた、過去最高を更新しましたね!

素晴らしいことでありますね!

 

医療技術が発達し、各個人の健康意識が高まってきた結果かと。

これからも、どんどん延びていくことでしょう。

 

ここで気になったのが健康寿命はどうなっているのかなと。

健康寿命とは・・・「日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間」(wikipediaより)

 

厚生労働省によると、平均寿命と健康寿命との差は

男性:9.13年

女性:12.68年

(平成22年度のデータなので、現在は動きがあるかもしれません)

 

こうやって数字にして見てみると、意外と長いですよね。

この差が縮まれば縮まるほど、QOL(生活の質)も上がりますし、現在増え続けている社会保障費(医療費や介護費等)の削減にもつながります。

逆に広がれば広がるほど、これらとは逆の状況となり、負の連鎖になってしまいます。

 

この差が広がることによって、別の問題が浮かび上がってきます。

「延命」

に関してです。

これは、すごく複雑な問題です。

高齢化社会となる日本、見過ごせない問題であることに違いはないはずです。

 

調べてみると欧米諸国では「寝たきり老人」が、ほとんどいないようです。

なぜなんでしょうか。

 

理由は簡単で「延命治療の拒否」です。

ただし日本と欧米では、それを含めたターミナルケア終末医療に対しての考え方が全く違います。

 

日本では、患者がどのような状態であっても1分1秒でも長く生きるのが良いとされる。

それに対し欧米では、無理矢理生命を延ばすのではなく、患者を尊重して緩和ケアを採用することが多いと言われています。

終末期に食欲が無くなるのは当たり前だと考えられており、胃ろう等の人工的に栄養を与えて生命を延ばすことは、個人の尊厳を犯す行為だと考えられているそうです。

 

我々人間は、いつか「死」を迎えるのです。

もちろん生きている内は、常に楽しく進み、そのことについて考える必要はないのかもしれません。むしろ考えてはいけません。

ただ、身近な存在であった祖母が亡くなって7年経った今、改めて考えてみました。

 

日本でも、終末期についてはもっと議論すべきだと思います。

患者を殺すのか。とか、自殺を認めるのか。などの暴論は抜きにして。

 

 

そしてもう一つの問題と考えているのが、昨今話題になっている「働き方」の問題。

 

これから先の時代、寿命が延びるのは絶対であるし、老化しないような技術も出てくるであろうなと思っております。 

 

これからの医療技術の発達によって、100歳まで健康に生きられるとします。

現在の65歳での退職で35年、75歳としても25年あるわけです。

これからやってくるであろうその世界において、「定年」という概念は合わないであろうし、「ひとつの仕事のみ」というのも噛み合ってこないと思います。

一番危ないのが「会社(仕事)以外に居場所がない」ということ。

それが無くなれば抜け殻のようになってしまいますからね。

 

「いつまで経っても好奇心をなくさず、子供の時の気持ちを忘れない」

この考え方を基にした行動が、これからの時代一番重要となってくるのではないでしょうか。

好きなことや楽しいことに「ハマる」ということが。

 

 

長寿とは素晴らしいことである反面、他にも様々な問題も出てくるかと思います。

私自身、好奇心を失わずに様々な情報を吸収して考え、このブログに記していきたいと思っております。

また、コメントもどしどしお待ちしております!

それが学びにも繋がると思っておりますので!

 

 

 

では、また会いましょう!

「クルマ」の未来。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

本日も暑うございます。

雨が降れどもジメジメと。

いやぁ、ツライですな。

一体、どこまで地球の温度が上がってしまうのでしょうか。

 

 

そこで、世界的にも開発・研究が進んでいる

EV(電気自動車)の登場です。

 

一番勢いがあって、自動車業界を変革しそうなのがTESLA(テスラ)です。

 

宇宙開発企業のスペース Xも率いている、イーロン・マスクが経営している企業です。

この方、ホントに凄い。

次世代の交通手段である、ハイパーループ(ググって下さい。笑)を構想はする。

ニューラリンクという新会社で、脳とコンピュータを繋げようとしている。

などなど・・・

圧倒的な人物であります。

技術について理解できたら(?)、記事にしたいと思っております。

 

 

が、今回お話したいのはEVについて。

昨年のドイツに始まり、フランスそして最近のイギリスにおいて

「2030〜2040年度までにガソリン車・ディーゼル車の販売禁止」

といった方針を正式に打ち出しましたね。

他の欧州諸国もこの流れに続こうとしています。

ヨーロッパは、こういったルール作りが上手いイメージがあります。

 

このような流れは、やはり既定路線ですよね。

 

 

日本ではFCV(水素自動車)推していましたが、どうなったのでしょうか。

水素社会の構想もあるようですが。

 

どうも個人的にEVに上手くいかないような気がする。

不安定な水素の貯蔵や運搬等のコストが、EVに対して圧倒的に高いかと。

水素ステーションみたいな、新たなインフラも必要ですしね。

 

EVなら、現在の家庭でもチョイチョイとすれば可能ですからね。

いざという時の蓄電池にもなりますし。

 

車が好きですので”音”が無くなるのは、寂しい気持ちありますが。

 

でも、完全に無くならない気もします。

 

 

馬を移動手段として使わなくなった現代、「競馬」「馬術」として残っています。

エンターテイメントとして。

スポーツとして。

 

「レース」として残っていくのでしょうね。

おそらくは。

エンターテイメントとして。

モータースポーツとして。

 

そのモータースポーツで注目しているのがあります。

FORMULA E(フォーミュラ・イー)

F1のEVバージョンです。

これ、開催されるのは市街地を閉鎖して作られたコース。

環境アピールのためや”音”が出ないのでね。

面白いんですよ、これが。

みなさん、一度観てみて下さい。

 

日本でも開催されるのではないか、との噂はあるのですが。

規制、規制、規制・・・

どうなってんでしょうかね。

 

 

さて、EVの話に戻るのですが。

色々と想像していると楽しくなってきます。

 走行中に充電できる技術も開発されているようだし。

 

以前にBMW i3に試乗したことがありまして。

加速も、モーターの走り出しからのトルクによってスイスイ。

減速も、回生ブレーキによってアクセルを離しただけで強力なブレーキが掛かるので、何か不思議な感じがしました。

これは、EVもアリだなと。

 

 

自動運転も含め、自動車業界の変革の時代をこの目で見ることができるのは、ワクワクしますね。

 

日本でもEVメーカーの「GLM」G4(4000万円!)を発表しました。

glm-g4.com

カッコいい!

やばい!

 

コモディティ化することによって、これからメーカー以外でも自動車を作れるようになるという訳です。

メーカーもヒヤヒヤしていることでしょう。

 

 

是非みなさんも、EVに注目してみてください!

自動運転にも!

 

追記:(7月30日)

テスラの新型「モデル3」遂にきましたね!

 ここからさらに加速度的にEVが広まっていくのでは!

カッコいいんですよこれが。

しかも速いし。

航続距離も問題なし。

試乗させてくれるかな?

乗ってみたい!

 

 

 

では、また会いましょう。