地球人(戦闘力5)の微かな叫び

全宇宙の中の1人による、小さな叫びの場所

戦国時代の転職。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

私の好きな「戦国時代」について。

以前のブログでは、好きになった経緯について書きました。

yamato0915.hatenablog.com

 

 されて困る質問。

「一番好きな戦国武将は誰ですか?」

1人だけ決めれる訳ないですからね。笑

歴史好きな方なら、分かってくれる人もいるはず。

 

ということで今回は、人物に視点を当てたいと思います。

その人物は藤堂高虎です。

名前だけならご存じの方もいらっしゃるかも。

最近、興味を持ち始めた方です。

 

加藤清正と同じく、築城名人として知られています。

また、何度も主君を変えて、最後には安濃津藩の初代藩主となっています。

農民にまで身分を落としていたこともあって、すごい出世スピードですね。

太閤秀吉様には、敵わないですが。笑

自分の能力もさることながら、主君の能力を見極める事も重要であるということですね。

 

さて、藤堂高虎

はじめは、浅井長政に仕えていました。

あの有名な姉川合戦にも出陣しており、首級を挙げる活躍をしております。

ほとんどの合戦で先鋒を務めたと言われている彼ですが、その気概はこの時からあったんではないでしょうか。

しかし、浅井氏は織田氏に滅ぼされてしまいます。

その後、浅井氏の家臣であった阿閉貞征や磯野員昌、そして織田信澄(織田信長の弟・信勝の子)と転々としています。

この頃に、無銭飲食をしたという逸話も残っています。

それだけ困窮していたということでしょうか。

こんな話まで残っているのは、なんと言いますか、深い。

 

そしてこの後、素晴らしい主君を見つけます。

羽柴秀吉の弟・秀長(後の豊臣秀長)です。

秀吉を支え、温厚な人柄で人望もあったと言われている方です。

高虎も、秀長が亡くなるまで仕えています。

主君を見極める目は、間違っていなかったということになりますね。

秀長が亡くなった後は、その養子の秀保に仕えます。

が、その秀保が急逝して家が断絶してしまい、高虎は出家して高野山に上ります。

そこまで秀保を、と言うより、その家を作った秀長にとても恩義を感じていたからこその行動であったんではないでしょうか。

 

出家したのですが、高虎の能力を惜しんだ秀吉の要請によって、還俗します。

そして遂に、国持大名となります。

伊予国板島の7万石を貰い受け、その土地を「宇和島」と改名します。

そして現在でも、現存天守(伊達氏によるもの)で名高い宇和島城を築城するのです。

築城に関わったのは、これが初めてではありませんが。

また、慶長の役の功績により大洲1万石を加増されて、計8万石となります。

 

高虎の真骨頂とも言って良い、主君を見極める目。時代を読む目。

それは、秀吉の死後に遺憾なく発揮されます。

血縁が少なく、豊臣政権が長くないと予見した高虎は、徳川家康に接近します。

秀吉の死去する前から、接近していたとも言われています。

忠誠心を示すために積極的に調略工作を行い、関ヶ原合戦の本戦でも、大谷吉継率いる隊と対陣して、奮戦しています。

そしてその忠誠心と働きが報われ、今治12万石を加増されて、計20万石となります。

 

さらに江戸城改築等の功績が認められて、伊勢・伊賀に加増移封(伊予に飛び地2万石)され、計22万石の大名・津藩主となったのです。

家康からすれば外様の高虎であったのに、ここまで評価されるのは、忠誠心の高さと能力がずば抜けて高かったことの現れでしょうね。

後の大阪の陣においても命懸けの猛攻を行い、多数の重臣を失いながらも奮戦しました。

この奮戦により家康から、徳川の先鋒はこれより後、譜代の「井伊」と外様の「藤堂」と決められるほどの地位を築きました。

家康死後の将軍・徳川秀忠より最後の加増が行われ、計32万3000石となるのです。

 

ここまで経歴を簡潔に話してきました。

農民にまで身分を落とした藤堂高虎、物凄い出世スピードだと思いませんか?

合戦だけではなく、築城・調略・内政等にも能力を発揮してかつ、自らを適正に評価してくれる主君を見極め、それに仕える。

ひとつでも欠けていると、おそらく彼はここまで到達できていなかったでしょう。

また他にも、文学や能楽茶の湯にも精通していて、多芸に精通していました。

これは、これからの時代に必要となってくる能力であると思います。

多くの事に精通することによって、人の輪も広がり、自身の価値も自ずと上がっていくのではないでしょうか。

身分に関わらずに、良い意見は取り入れろ。

と遺言も残しています。

いつの時代もこの考えは、正しいですね。

 

いやぁ、歴史は楽しい。笑

今の時代にも通じるような考えや行動も学べますからね。

まだまだ知識が浅いので、どんどん吸収していきますよ!笑

 

ちなみにこの藤堂家。

幕末の鳥羽・伏見の合戦で、旧幕府軍として井伊家と共に先鋒を務めたのですが、何と新政府軍に寝返るという。

そして時代は、明治に移り変わっていったと。

藩祖・高虎の考えがここまで染み込んでいるとは、凄いですね。

 

では、また会いましょう。