社会のレールから外れてしまった人のブログ

全宇宙の中の1人による、小さな表現の場所

情報との付き合い。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

「情報との関係」

どう考え、付き合っていますか?

 

インターネットが発達する以前は、新聞やテレビやラジオや口コミ等が情報を伝達する主な手段で、入手する側も限られた選択肢しかありませんでした。

その時には、限られた情報しか入手できずに且つ、その情報の流れが一方的であったために、それに対して意見することも難しい状態でした。

しかしここ数年で大きな媒体だけではなく、スマートフォンSNSの普及によって、個人でも情報を発信・伝達ができるようになりました。 つまりインターネットの力によって、情報の双方向性が実現できるようになったわけであります。

 

 

一方で、問題もまだまだ残っていますし、新たな問題もあります。

まず考えられる問題としては「情報の正確性」です。

誰もが発信できるようになった反面、嘘の情報も流されるようになったわけです。アメリカの大統領選やMERY等で問題となった「フェイクニュース」があります。捏造・虚偽問題は昔からあったわけなのですが、圧倒的に情報伝達のスピードが高まった現代において、それが如何にも真実かのように広まってしまうのです。もちろん「フェイク」を流す側も悪いのですが、情報を受け取る側もすぐに鵜呑みにせず、様々な媒体でその情報を確認して自分で一度考えることが必要なのです。もちろんそれでも見抜けない場合もあります。拡散スピードが異常に速いのです。「いいね」や「リツイート」等が1つのタップでできてしまうわけですから、想像以上に速いのです。また、AI(人工知能)の発達によって、如何にも本人が喋っているような音声付の口パク動画を作りだすのも可能となってきているのです。影響力の高い既存のメディアもネットでの情報を参考にしている場合もあるので、負の連鎖がどんどん広がってしまうのです。

現段階での対策としてまず考えられるのは先程も述べたように、まず「情報を鵜呑みにしない」こと。これは他の状況においても重要であります。一人一人が、まず一呼吸置いて考えて必要があれば検証する。個人ができる対策としては、一番有効ではないかと思います。

 

 

次に考えられる問題としては「情報の偏り」です。

今まで一方通行の多かった情報が、インターネットの登場により受け取る側に様々な選択肢が生まれました。だがしかし、その選択肢が多すぎるがあまり、自分が目当てとしているモノ以外の情報が入って来にくいのです。人間は選択肢が多すぎると、思考が麻痺してしまうとの研究もあります。つまりその人自身の「好奇心」に左右されるわけです。Google等の検索エンジンで検索すればするほど、自分の興味ある情報しか手に入らずにどんどん偏ってしまいます。TwitterInstagram等のSNSでも、利用者が興味あるであろう情報を表示させるような仕組みとなっています。広告料が主な収益となっているので、仕方ないと言えばそうなのかもしれません。偏りの問題は昔からありますが、便利になったが故に、違う原因が出てきたように思います。

このような偏りをなくすのは、やはり「好奇心」ですね。やはりこれに勝るものは無いんじゃないでしょうか。好奇心があったからこそ、我々人間は未知のものを探求して現在のように豊かな世の中になったのです。新しいものに興味を失った人は、例え20代であろうとも老いが始まると思っております。歳を重ねてもこの気持ちを忘れるな。年齢を言い訳にするな。自分にも言い聞かせているつもりであります。

 

 

ここ数年で技術発達により、以前とは比べ物にならない程の大量の情報を誰でも簡単に得られるようになりました。

そしてそれによって、得られるチャンスも大いに増えました。

解決できた問題もある一方で、新たに出てきた問題もあります。

今この瞬間も、どんどん技術がどんどん進歩しています。今までの問題を解決したり新たな問題も出て来るでしょう。これは繰り返されるのです。

「何事にも疑問を持って調べ、好奇心を失わずにいる。」

子供達を見て下さい。この考えに基づいて行動しているはずです。

いつのまにか、この考えを忘れてしまっている人は大勢いるのではないでしょうか。

100年200年経っても、この考えの大切さは変わらないと思っています。

 

 

 

では、また会いましょう。