地球人(戦闘力5)の微かな叫び

全宇宙の中の1人による、小さな叫びの場所

「謎」深まる?

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

 

本能寺の変

歴史上、謎の深い事象のひとつ。

現在までに様々な説(動機について)が唱えられ、未だに真実は闇の中。

 

そんな中、またひとつの新しい史料が発見されました。

www.huffingtonpost.jp

紀伊雑賀衆土橋重治に宛てた書状の原本です。

 

遡ること1573年室町幕府第15代将軍・足利義昭は、織田信長によって京から追放されています。

決して殺害することはなく、あくまでも「追放処分」です。

むやみな殺戮は、敵を増やすことにも繋がりますからね。

その後各地を転々としながらも、備後国・鞆(現在の広島県福山市)に身を置きます。

毛利氏に匿われていた、とも言えましょうか。

この場所に滞在していることから「鞆幕府」とも呼ばれています。

この地より対信長のため、全国の大名に御内書を発しています。

しかしながら、上手く事が運ばなかったようです。

そしてこの地に滞在している途中の1582年、突如として歴史の大事変が起こります。

 

今回の書状で、この足利義昭黒幕説」が現実味を帯びてきたとの声もあります。

ですが、私はそう断言するにはまだまだ早い!と。

反信長派でもある土橋重治に送った、今回の書状。

前回の本能寺の変に関する史料が発見された際は「四国説」(信長が長宗我部氏の対応を変更したことによって、その交渉担当であった光秀が面目を潰されて変に至った説)の可能性も高まりました。

どうやら今回の書状は「山崎の合戦」の前日に書かれており、切羽詰まった状況であったんじゃないかなと。

足利義昭に言われて変を起こしたのか。

切迫した四面楚歌の状況の中で、味方を増やすために旧主・足利義昭を担ごうとしたのか。

 

ハッキリと言えるのは、未だ「謎」ということ。

この謎についてあれこれ考えるのが、歴史の愉しみでもあるんですけどね。

 

皆さんは、どうお考えですか?

 

 

 

 

では、また会いましょう。