地球人(戦闘力5)の微かな叫び

全宇宙の中の1人による、小さな叫びの場所

「標準」や「普通」に苦しめられる。

おはようございますから、こんばんは。

 

 

 

 

ふと思いました。

 

「標準」とは何か。

    1.  判断のよりどころや行動の目安となるもの。基準。
    2. 平均であること。また、その度合い・数値。並み。

*1

 

このように書かれています。 

 なぜ社会には「標準」が定められているのか。

その「標準」に従わなければならないのか。

その「標準」に苦しめられていないか。

といった様々な疑問が湧いてきます。

 

我々人間は「社会」を形成して生活する動物です。

集団生活をする動物なのです。

社会と言っても1つではなく、様々な形や在り方があります。

家族・学校・会社・宗教・性別・国...etc

これらの大小様々な社会が複雑に絡み合って、我々は生活しています。

 

それらの社会では大抵、規則があります。

法律・校則・社則...etc

これらが規則に該当するでしょう。

それを守らないと、罰を受ける場合もあります。

罰がある規則というのは、明文化されているのが多いです。

その一方で明文化されていない分野もあります。

慣習・文化・価値観・伝統・マナー...etc

ぱっと思いつくのがこの辺りでしょうか。

 

規則は、いつまでも同じ内容ではありません。

時代に合わせてその形や内容を変えていく必要があり、実際に変化しています。

ただしこれらを変えるためには、大きな力が必要になります。

世論であったり、時には暴力であったり。

影響力のない個人(私みたいな。笑)が叫んでも、変えることは難しいでしょう。

 

社会の流れをも左右したり人の人生にも影響を及ぼしかねないものであります。

その中でも厄介なのが、明文化されていない規則ではないでしょうか。

例えば、親やその年代から続いている「昭和の価値観」です。

「大学を出て大企業に勤務し、結婚して子供を産み家を建てる。」

他にも「男女の関係は異性愛だけである。」...etc

分かりやすい一例ではないでしょうか。

法律に定められているわけでもなく、破ったとしても罰を受けるわけではない。

何かハッキリとしないものが、多くの人々を縛り付けている。

私も、その中の1人なのかもしれません。

技術の発達によって、その縛りから開放されている人々も増えているはずです。

「インターネット」という大きな力で。

 

 

生活してきた環境によって、価値観は変わってきます。

同じような価値観を持った人々とずっと居ると、それが染み付いて取れなくなるかもしれません。

気の合う友人と会うな、と言ってるわけではありません。

足の引っ張り合いをすることなく、お互いの意見を尊重して議論できるような関係。

互いに成長して、素晴らしい関係になるのではないでしょうか。

 

自分の周りにいる人が例え「標準」でなくとも懐疑の目を向けて避けるのではなく、むしろ良い箇所は取り入れて成長の糧にできれば、それは素晴らしいことではないですか!

私もそのような関係を築けるように行動していかなければならない。

と思った、今日このごろ。

 

 

 

 

では、また会いましょう。